「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「しあわせのパン」

しあわせのパン

私のような年代にとっては原田知世は未だに「時をかける少女」の芳山和子である。今回、彼女を見るためだけに出かけたような映画でしたが、思いの外癒されてしまいました。

北海道の有珠にある月浦を舞台にファンタジックな物語が展開する「しあわせのパン」という映画、女性らしいオリジナルな物語とシンプルな画面、グリーンとブルーを中心にした色調とそれに偏らせた色相によるデジタル映像が素朴なムードを醸し出していきます。悪くいうと薄っぺらな画面ですが、冒頭の絵本のエピソードで始まるこの映画はおそらく作者が絵本のような画面を作りたくて意図的に施したテクニックではないかと思うので、これはこれで良かった。

物語は夏に始まり、秋、冬と三つのエピソードが語られて春になって終わる。たわいのないストーリーですが、舞台になるりえさんと尚さんの大縞夫妻のパン屋さんが本当にファンタジック。

大きな鞄を持ってめがねをかけシルクハットをかぶったおじさんがいつも窓際に座って、やってくるお客さんに「やぁ」と声をかける。近所の農家の若い夫婦には今時珍しい子沢山で様々な野菜を露店で売っていたりする。パン屋さんの前にはまっすぐに延びる道の先にバス停がある。なぜか、一匹の羊を飼っている。近くにすむガラス工房のおばさんは人の心が見えているのかと思えるくらいやたら耳が良い。やってくる郵便屋は「りえさん今日もきれいですね」とお調子者。夜になると前に広がる湖の上に月が輝く。こんな舞台設定にやってくる不思議とリアルなお客さんたち。

小さなパンも大きなパンも必ず二つに分けて食べるという演出も実にのどかで、頻繁に真上からとらえるアングルが非現実的でかつシンメトリーな構図の多用がとっても落ち着いた画面を作る。

「月とマーニ」という絵本を少女が読んでいるところから映画が始まる。この絵本がアニメーションで語られ、本を下げると大人になった少女りえ(原田知世)が現れる。

カフェマーニは夫婦だけで営むパン屋さん兼ペンションである。この日バスに乗って東京から一人の女性香織が突然やってきた。東京で生まれ育った彼女は彼氏と沖縄旅行をする予定がドタキャンされ、ふてくされて北海道へやってきたのだ。自暴自棄に文句を言う彼女にりえたちはただ静かに耳を向けるだけ。そこへいつも3時間かけてやってくる友人の時生が加わりコミカルなシーンが続く。沖縄に行ったことになっているので沖縄土産を探したり日焼けをするために野原に寝そべったりとやりたい放題の香織に付き合う時生は次第に彼女に惹かれていく。

夜、香りの誕生パーティをおこなったりえさんたちの姿にすっかり立ち直った香織は、二人に感謝し、帰ることを決意する。
東京に帰る日、一人でバス停に待つ香織のところへバイクで時生がやってくる。東京まで送るといって二人はそのまま東京へ。思えば東京生まれのりえさんが札幌生まれの尚さんにつれられて月村にやってきたのと同じような話だねと理恵さんがつぶやく。

時がたって秋、近くに住む小学生の少女未久ちゃんはある日、学校へ行くバスに乗らずそのままマーニへ。両親が離婚しパパと二人暮らしの彼女がままがいなくなった寂しさが忘れられない。そんな未久にどう接していいかわからないパパ。二人はマーニで食事をシ、かつてままが得意だったかぼちゃのスープを作ってもらう。最初はいや方未久だが、これはままのスープと違うんだからと焼いてもらったパンをパパと分けて、これから一緒にがんばろうと寄り添う。

時は冬。ある夜、老夫婦から泊めてほしいと連絡が来る。有珠の駅に迎えに行った尚さんは子の夫婦のただならぬ雰囲気に不安を感じる。
ひと時過ごすだけだからとストーブの前で温まる二人。パンが食べられない妻のために近くの農家へ米を買いに行く尚さん。子の老夫婦は若き日にこの地へやってきてプロポーズしたのだという。震災で愛する娘も失い、日に日に衰えていく自分が悲しいのだという。関西弁なので阪神大震災だろう。昨日できたことが今日はできない悲しさに耐えられないといい、月をみるために夜、屋外に出ようとするのを押しとどめ、ご飯を作るりえさんたち。ところが、一緒に作った豆のパンに興味を持った妻が食べられないはずのパンを口にして「明日もこのパンが食べたい」とつぶやく。夫はその声に希望を見出しここにしばらく泊まることにする。

やがて二人には未来が見えてきて、近所の人たちなども交えてパーティが催される。郵便やさんもめがねのおじさんもかばんの中からアコーデオンを出してくる。近所の農夫もやってくる。

春、一通の手紙が届く。あの老夫婦からである。妻は余命いくばくもなかったので最後に北海道に行ってそこで死ぬつもりだったこと。しかしもう一度やり直すことにして風呂屋を再開したが、妻はこの春に亡くなったことを知らせてくる。
このカフェも2周年の記念日。かかわりのある人たちに「しあわせのパン」を送ることにしたりえさんたち、そしてりえさんは尚さんに来年は新しいお客さんが来るといって子供ができたことを告げる。

なんともハッピーな映画である。もちろん、作品のしつがどうこう言うつもりはないしそれほろ優れた一本ではないかもしれない。しかし、映画なのである。一つ一つのシーン、演出スタイル、カメラ、物語が映画になっている。だから見終わってとっとも気持ちがいいのです。軽く見るには最高の一本だった気がします。隣の女性は終始泣いていました。